小泉 武夫 先生

小泉武夫先生は、日本を代表する発酵学・醸造学の大家であり、現在は東京農業大学名誉教授であられるとともに食文化に関する文筆家としても名を馳せている。筆者は先生が執筆して日本経済新聞月曜日夕刊に連載されているコラム「食あれば楽あり」 を毎回楽しみに拝読している。特に食魔亭(自宅の台所)で買ってきた食材を調理して口に運ぶ時に使われる独特の表現(例:チュルチュル・ペナペナ・ピュルピュル・ゴクリンコ・・・)は、出来上がった料理の魅力を読者に臨場感をもって伝える巧みで滑稽な表現である。
食材や調味料や菌の原点を知り尽くした学者ならでは奥深い知識がその軽快な表現の背後に見え隠れしてたいへん興味深い。昨今のグルメレポーターが伝える薄っぺらな表現(例:エビを食べると必ずプリプリと形容する等)とは一線を画している。

是非一度小泉先生にブタまんをレポートしていただきたいと思っているが、今回は筆者なりに小泉先生流の表現でブタまんレポートをお届けしたい。

冷凍宅配便で送られてきた箱をあけると横浜中華街江戸清の大きなブタまんが目に飛び込んできた。これはしめたものと喜び勇んで冷蔵庫に入れて解凍を待つ。明日の朝飯で食べている光景を想像するだけで生唾ゴクリンコが止まらない。翌朝蒸し野菜などで頻繁に使っている蒸篭を戸棚から取り出し、鍋に水を注ぎ、その上に蒸篭をピョコリンコとのっけて着火して沸騰を待った。湯気がシュワリシュワリと蒸篭の隙間から漏れ出てきたのをゴーサインにブタまんを冷蔵庫から取り出し包みを破って蒸篭のど真ん中に据え置いた。待つこと25分蒸篭の蓋を外していい状態に蒸し上がった熱々のブタまんを皿に移して臨戦態勢とあいなった。まずは皮の小麦粉と餡の肉汁があいまった中華風の香りを楽しんだ後に右手でブタまんを鷲掴みにしてバクリンチョと頬張る。薄力粉ベースで優しくフーワフーワの皮とご対面したあとに、3ケ所の部位を使った国産豚挽肉にエビ、カニの魚介系素材、キャベツや搾菜などの植物系の歯ごたえと味わいが混然一体の旨みとなってペナペナ・ピュルピュルと口中に攻め込んでくる。負けてはいけないと噛み砕いてゴクリンチョと胃袋へ流し込んだ直後、今度は鼻孔に旨みの連合軍が逃げ出した。大きなブタまんと格闘することものの数分、あまりの美味しさにあっという間にたいらげて我が食魔亭は勝ち誇ったように静まり返っている。